東京地方裁判所八王子支部 平成9年(ワ)2435号 判決 2000年9月19日
原告
高橋理
ほか二名
被告
牧田博明
主文
一 被告は、原告高橋理に対し、金一億〇四一二万七八七四円〔更正決定 金九三二五万一八八八円〕及びこれに対する平成六年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告高橋理に対し、平成九年一〇月一日から同原告の死亡に至るまで、平成二九年三月末日までは一か月につき金一七万八五〇〇円、同年四月一日からは一か月につき金三三万一五〇〇円を毎月末日限り(同原告死亡のときはその日限り)支払え。
三 被告は、原告高橋二郎及び同高橋幸子に対し、各金一七〇万円及びこれに対する平成六年一一月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の、その余を原告らの負担とする。
六 この判決は、第一項ないし第三項(第二項については期限到来分)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告高橋理に対し、一億四八七九万九四〇三円及びこれに対する平成六年一一月一三日(本件事故の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告高橋理に対し、平成九年一〇月一日から同人が死亡するまで毎月末日限り六六万九〇〇〇円を支払え。
三 被告は、原告高橋二郎及び同高橋幸子に対し、各七〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故により後遺障害を残した被害者とその両親である原告らが、加害者である被告に対し、民法七〇九条の不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実等(各項に証拠の記載のある事実は、その証拠により認定され、その余の事実は当事者間に争いがない。)
1 原告高橋理(以下「原告理」という。)は、平成六年一一月一三日午前一一時七分ころ、その所有にかかる(乙五号証)自動二輪車(以下「原告二輪車」という。)に訴外嶋村秀人を後部座席に同乗させ、日野市旭が丘二丁目八番先の交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)を甲州街道方面からJR中央線方面に向け進行中、対向車線上を進行し右折してきた被告の運転する普通乗用自動車(以下「被告自動車」という。)に衝突された。
2 原告理は、右交通事故(以下「本件事故」という。)により、第二頸髄損傷、第四頸髄損傷、左五指挫創(切断手術した。)、膀胱障害の傷害を被り、次のとおり、通算六八八日間入院した。
(一) 日本医科大学附属多摩永山病院(以下「多摩永山病院」という。)に平成六年一一月一三日から平成七年二月二七日まで(一〇七日)
(二) 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院(以下「国立リハビリセンター病院」という。)に同月二七日から平成八年二月二九日まで(三六七日)
(三) 国立療養所箱根病院(以下「箱根病院」という。)に同年四月一六日から同年一一月一五日まで(二一四日)、東海大学病院に同年七月二二日から同年八月七日まで入院
3 原告理の治療経過
(1) 多摩永山病院
平成六年一一月一三日 左手第五指切断手術
同年一一月二二日 首前方固定手術
同年一二月一四日 人工呼吸器接続のための気管切開手術
(平成七年一月末まで人工呼吸器を要した。)
(2) 国立リハビリセンター病院
平成七年四月二四日 人工膀胱瘻創設手術
(3) 箱根病院
平成八年五月二八日 膀胱結石除去手術
同年四月三〇日 排便障害
同年五月一日ないし同月三日 点滴
同月一八日ないし同月二一日 高熱点滴
同月二八日ないし同年六月四日 高熱
同月一八日ないし同月二四日 高熱点滴
(4) 東海大学病院
同年七月二三日、同月二六日、同月二九日、同年八月五日 いずれも腎臓結石除去手術
4 原告理の症状については、平成八年一〇月二四日、症状固定とされ、自賠責保険の等級上一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に認定された。
原告理は、左手第五指を切断し、左手先及び肘がある程度動くだけの第四頸髄以下の運動及び知覚障害を伴う頸随損傷の結果、四肢体幹機能に著しい障害を残したほか、体温調節不能(甲六九号証)という後遺症がある。その結果、日常生活すべてにわたり介護を要し、自宅療養中の現在、常時介護を要する。
5 損害の填補(被告の既払額及び自賠責保険金) 合計四〇八七万五九八六円
(一)ないし(四)は、原告が各項目の損害額から控除して請求
(一) 事故日である平成六年一一月一三日から(起算日を特に記載しないときは、以下同じ。)平成九年三月末日までの治療費 四六三万七五〇一円
(二) 同日までの付添看護費 三四八万円(日額四〇〇〇円として八七〇日分)
(三) 入通院期間中の付添看護に要した交通費、同日までの雑費、平成七年購入の車椅子(普通型及び電動型)の自己負担部分三万二四九九円、平成七年一月購入のエアーマット代一五万五七三六円の合計 二二八万一四八五円
(四) 自動二輪車全損のうち 四七万七〇〇〇円
(五) 自賠責保険金 三〇〇〇万円
6 原告理は、本件事故当時、一六歳の高校生(昭和五三年三月一二日生)であり(甲一号証)、原告高橋二郎及び原告高橋幸子(以下それぞれ「原告二郎」、「原告幸子」という。)は、その父母である。
二 争点
1 被告の責任原因
(一) 原告の主張
被告には、右折に当たり、対向車線の有無及びその安全を確認すべき注意義務を怠った過失がある。
(二) 被告の主張
被告は、対向車線の有無及びその安全を確認して右折した。
2 原告理が本件事故により被った損害(既払分を除く。)
(一) 原告理の主張
(1) 逸失利益 九四九六万〇二八八円
原告は、本件事故当時一六歳(高校二年生)であったから、本件事故がなければ、高校卒業時から六七歳までの四八年間就労可能であった。賃金センサス新高卒男子労働者平均賃金五二五万三一〇〇円(月額四三万七七五八円)を基礎に、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとして、ライプニッツ係数により中間利息を控除して算定。
(2) 治療費 三万〇四一六円
事故日から平成九年九月三〇日までの治療費四六六万七九一七円のうち既払額を控除した三万〇四一六円
(3) 付添介護費 一一〇六万五〇〇〇円
入院期間中の平成八年一一月一五日までの六八八日間は、日額一万円として六八八万円、平成九年九月三〇日までの自宅療養中の三六五日間は、日額二万一〇〇〇円として七六六万五〇〇〇円であり、その合計一四五四万五〇〇〇円のうち既払額を控除した差額
原告理は、重傷であり、食事の世話、体位の異動、身の回りの世話は、両親、特に原告幸子の負担であった。
(4) 雑費 二三万七九〇〇円
平成九年九月三〇日までの一三六万八九〇〇円(日額一三〇〇円として一〇五三日分)のうち既払額として一一三万一〇〇〇円を控除した差額
(5) 将来の付添看護費
平成九年一〇月一日以降月額六三万円(日額二万一〇〇〇円)(定期金給付)
起臥寝食全般にわたり、生涯二四時間介護が必要である。
(6) 将来の自宅療養雑費
同日以降月額三万九〇〇〇円(日額一万三〇〇〇円)
(定期金給付)
(7) 家屋改造費及び障害者機材取付費用合計額 四八九万三六四二円
ア エアーコンディショナー(以下「エアコン」という。)購入設置費用を含む家屋改造費 八一六万七四二一円
将来のエアコン購入費 一六万六九一四円
一一万五〇〇〇円×一・四五一四二九五九(一〇年ごとに買換え)
以上の合計八三三万四三三五円から公費補助額三六五万八三〇〇円(当事者間に争いがない。)を控除すると四六七万六〇三五円となる。
改造は、入院先の医師の指示、助言を受けて、車椅子による移動のため、一階に居室を設け、床と敷居の高さを同一にするなどの工事を行った。エアコンは、体温調節のできない原告理にとって、介護のため必要である。
イ 家屋改造に付随する障害者機材取付費用(電動ベッド購入費を含む。) 二一万七六〇七円
費用額二一七万七四〇七円から公費補助一九五万九八〇〇円を控除
(8) 車両購入費及び改造費(将来分含む) 一四〇四万六七九九円
三七六万六五〇三円(本体二四九万六二五三円、改造費一二七万〇二五〇円の合計)+同額×二・七二九四〇〇六九(六年ごとに買換え)
医師の指示、助言により改造内容を決め、平成七年に購入したが、生涯にわたり定期的に治療及び機能回復訓練のため、通院が必要であるから、買換えを要する。改造車両の形状からして、原告理の用途専用のものである。
(9) 障害者器具等購入費 三三五万一九〇九円
ア 将来の車椅子(電動)購入費 一四九万五〇二二円
四四万三三三九円×三・三七二一八八八三(五年ごとに買換え)
平成七年に購入したときは、公費負担により賄われたが、現在の地方自治体の財政事情から、今後とも公費負担による補助が続くことは期待できないし、補助を受けるか否かは、原告の判断で決めることである。
イ 将来の電動ベッド、エアーマット購入費 一五九万七五二七円
四七万三七三六円(電動ベッド三一万八〇〇〇円+エアーマット一五万五七三六円)×三・三七二一八八八三(五年ごとに買換え)
ウ パンコン購入費 二五万九三六〇円
残った左手指の機能回復訓練のため医師の勧めで購入
(10) 慰謝料
ア 入通院慰謝料 四〇〇万円
イ 後遺症慰謝料 三一〇〇万円
原告理は、生涯にわたって起臥寝食すべてに常時介護を要する状態にあり、身体内部に多数の損傷を受けたため。生涯症状管理のため、月数度の通院を強いられる状態にある。
(11) 物損 五万三〇〇〇円
原告二輪車全損五三万円(当事者間に争いがない。)のうち既払分を除く。
(12) 歯科治療費 九八万九八一〇円
本件事故により上歯と下歯との噛み合わせができなくなるなどして治療を要したが、生死をさ迷う重傷であったことなどから、治療開始が平成九年一一月まで遅れた。
(13) その他 一七万〇六三九円
ア 公的サービスを受けるための診断書作成費用 六二〇〇円
イ 入浴介助費及び交通費 三万四六六〇円
ウ その他の介助機材購入費 一二万九七七九円
(14) 弁護士費用 一四〇〇万円
(15) 以上合計額から自賠責保険金を控除した残額は、一億四八七九万九四〇三円である。
(二) 被告の主張
(2)の治療費、(11)の物損は認める。
(3) 付添介護費について
近親者の付添看護を要したのは、多摩永山病院の入院期間一〇七日のみである。原告理が入院した病院は、いわゆる完全看護であり、原告幸子は、許可時間帯内の面会付添をしたにすぎない。
(4)及び(6) 自宅療養中の雑費について
自宅介護料の中に組入れるべきであり、別枠としても日額一三〇〇円は高額に過ぎる。
(5) 将来の付添介護費
原告理主張の介護料は、高額に過ぎ期間も長すぎる。
常時介護とはいっても、睡眠中も含めた二四時間監視が必要ということではなく、単位時間料金に二四時間を乗じた金額とすることは不当である。また、原告理は、身体障害者福祉法一五条に基づく同法施行規則別表の身体障害者等級表上第一級に該当する身体障害者手帳の交付を受けているものと推測されるが、原告理の居住する多摩市では、その交付を受けている者に対し、多種多様の支援制度を設けており、これらのサービスを組み合せて受ければ、原告二郎及び同幸子の負担はかなり軽減される。さらに、重度身障者に対しては、各種年金、手当等の公的給付があるほか、将来は介護保険法に基づく給付サービスも受けられる。以上のとおり、各種公的サービスや給付が整備され、今後も充実が期待される状況からみて、介護費の算定は控えめにすべきである。
(8) 車両購入費について
自家用車の利用は日常生活の領域内のことであって、交通事故による損害としては、仕様が特別であるために出資した余分の費用に限るべきである。また、主に原告理の通院用であるとすれば、使用頻度に照らし、買換え期間は長いとみるのが合理的である。
(9) 障害者器具等購入費について
電動車椅子の将来の買換え費用の基礎金額は、公的補助分を控除した自己負担分によるべきである。
(10) 歯科治療費は、本件事故との因果関係を争う。
(11) その他について
将来の介護費ないし雑費に含まれる。
3 原告二郎、原告幸子の損害
(一) 原告二郎、原告幸子の主張
同原告らは、健康な高校生活を送っていた原告理が一瞬の事故で生死をさ迷い、命は取り留めたものの、重度障害により、起臥寝食生活全般にわたって終生の介護を強いられる状態となった。事故後の被告の対応は、同原告らの精神的苦痛をより大きくし、同原告らが本件事故により被った精神的苦痛を慰謝するには、各七〇〇万円の慰謝料をもって相当とする。
(二) 被告の主張
同原告らの精神的苦痛は察せられるが、一六歳の高校生に高速で加速性が高いのに無防備な自動二輪車を買い与えれば、重大な被害事故に遭う可能性が高いことを覚悟しなければならず、その点は、慰謝料算定に斟酌されるべきである。
4 過失相殺
(一) 被告の主張
(1) 自動二輪車の運転免許を取得して一年以内の原告理は、原告二輪車を運転して友人を後部座席に同乗させ、制限時速四〇キロメートルの本件事故現場道路を時速五〇ないし六〇キロメートルで片側二車線道路の左側歩道寄りの車線を進行してきたところ、本件交差点直前に至って、前方を走行していた乗用車が、左折合図を出し減速しだした。このような場合、追い越しを掛けるときは、反対の方向にも十分に注意し、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならず(道路交通法二八条四項)、特に対向右折車の有無を十分に注意する必要がある。
一方、被告乗用車は、本件交差点より五〇メートルも前から右折合図を出したまま対向車線をゆっくり走行してきたが、原告理は、前方を注視せず、対向してくる被告自動車の右折態勢に気づかず、もしくは気づいたとしても漫然と安全を確認しないまま、自車を時速約七〇キロメートルに加速しながら交差点直前で中央線寄り車線に出て、前車に追い越しを掛けたため、時速約一〇キロメートルで既に右折を開始していた被告自動車に、交差点の中央より車線内で衝突したものである。
(2) 以上の事故状況によれば、原告理には、自動二輪車免許取得後一年以内の二人乗り禁止違反(同法七一条の四第四項、同法一二〇条一項九号)、三〇キロメートルもの速度超過違反、前方不注視、追い越し方法違反等の重大な過失がある。
(二) 原告らの主張
(1) 原告理は、前方走行車に従い自らも減速し、車線変更をしたに過ぎない。
(2) 原告理走行道路は、車道部分が一三メートルの片側二車線の優先道路であり、右折道路が車道部分四・四メートルの三叉路であるところ、被告自動車は、交差点を直進しようとする原告二輪車の走行を妨害してはならず(同法三七条)、右折するときは交差点の中心の直近の内側を徐行しなければならない(同法三四条二項)のに、これに反して、直進してきた原告二輪車の直前で、交差点の中心から一〇メートル以上の距離をおいて右折を開始したもので、原告は右折車の進入を予測できず、被告の違反行為がなければ、事故は発生しなかった。原告理には、過失はない。
第三当裁判所の判断
一 本件事故の態様及び過失相殺
1 証拠(乙二号証、三号証の一ないし六、四号証、六号証、七号証の一、二、八号証、一五号証、証人嶋村秀人、同牧田史子の各証言、被告本人尋問の結果)によれば、被告は、午前一一時ころ、前方の見通しのよい片側二車線の直線道路を、JR中央線方面から甲州街道方面に向け進行中、交通整理の行われていない本件交差点手前にあるスーパーマーケットに立ち寄ろうとその駐車場方向を見たが、待機車があり進入できないことから、本件交差点で右折することとし、交差点の五、六メートル程度手前(交差点の中心から約一〇メートル手前)から、時速約一〇キロメートルで前方を注視せずに右折し始めたところ、助手席にいた妻の「危ない。」という声で初めて、前記道路の対向車線を進行してきた原告理運転の自動二輪車を前方九・五メートルの地点に発見し、加速して回避しようとしたが間に合わず、同車前部に自車左側面部を衝突させたこと、原告理は、友人の嶋村秀人を後部座席に同乗させて、乗用車の後方を走行中、前方の車両が本件交差点手前で左折の合図をして減速したため、加速しながら中央線よりの車線に出たところ、間もなく被告自動車と衝突したものであること、原告理と同乗者は、原告二輪車とともに、その場に転倒したこと、原告二輪車は、前部が衝突したため、前照灯、計器等は大破しているものの、全体的な形状としては、必ずしも大きな損傷ではないこと、双方が走行していた道路は、優先道路であり、交通量が少なかったことが認められる。
2 走行道路の制限速度は時速四〇キロメートル(乙三号証の三)であるところ、原告二輪車の速度については、嶋村秀人の司法警察員に対する供述調書(乙七号証の一)に、道路が空いていたので幾分速度を出していた、時速五〇ないし六〇キロメートルで走行し、車線変更の際、加速したので時速七〇キロメートルくらいになったとの供述記載があるが、スピードメーターを見たわけではなく、その運転歴からしても体感のみでは正確な速度を知ることは困難である。当時の道路状況や牧田文子の供述調書(乙八号証)などから、原告二輪車が、制限速度を超過していたことは認められるとしても、当初二〇キロメートル、衝突直前は三〇キロメートルこれを超過していたとまでは認めるに足りない。被告は、被告自動車の同乗者である牧田文子の供述(乙一六号証)などから、原告二輪車の速度を約七〇キロメートルであると主張するが、事故発生時から相当期間経過後の記憶であることをさておくとしても、右折と原告二輪車の発見時点の関係や同車との距離の正確な特定は困難であり、原告の加速の状況によっても、算定結果が左右されるなど、その算定を採用することはできない。原告らは、原告理が本件交差点手前で減速した旨主張し、甲三三号証中には、それに沿う部分があるが、証人嶋村秀人の証言に照らせば、右部分は直ちに採用しがたい。一方、被告は、本人尋問において、交差点手前で右折を開始したのは、交叉道路左側に駐車車両があったためであると供述するが、刑事事件の調書中には、交叉道路について供述する部分に、その点に言及したものはない。
3 以上の事実によれば、被告は 本件交差点において優先道路から交叉道路に右折するに当たっては、対向車線の有無及び安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、駐車場への進入に気を取られていたためか、漫然とその確認をしないまま右折を開始したため、原告二輪車の発見が遅れ、本件事故に至ったものというべきであり、被告に過失があることは明らかである。また、被告は、交差点手前で右折を開始しており、この点も、本件事故発生に関わるものと考えられる。
他方、原告理は、後部座席に人を同乗させて進行し、先行車両が左折するため減速した際、車線を変更して加速し、制限速度を超えて交差点にそのまま進入したものである。本件事故現場は、信号機による交通整理の行われていない交差点であることから、原告理としては、前方を注視し、できる限り安全な速度と方法で進行すべきであったということができ、本件事故の発生や結果の重篤性に関わる過失がある。
そして、双方の過失を対比すると、原告理と被告の過失割合は、一五対八五とするのが相当である。
二 損害
1 原告理の損害
(一) 逸失利益 八六五六万八四六一円
原告は、本件事故当時一六歳(高校二年生)であったから、本件事故がなければ、本来の高校卒業時から六七歳までの四九年間就労可能であった。賃金センサス新高卒男子労働者平均賃金五二五万三一〇〇円(月額四三万七七五八円)を基礎に、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとしてライプニッツ方式により中間利息を控除して(一六歳から六七歳までのライプニッツ係数一八・三三八九から一八歳までのライプニッツ係数一・八五九四を差し引いた一六・四七九五を乗じる。)算定(一円未満切り捨て、以下同じ。)。
(二) 治療費 三万〇四一六円
当事者間に争いがない。
(三) 付添介護費 二八三万八〇〇〇円
前記争いのない入院・治療経過に甲六九号証、一二三ないし一二五号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告理は、症状固定後も入院を続け、家族のうち主として原告幸子が、原告理の入院期間中(六八八日間)、原告理の負った傷害が重篤なものであったこと、本件事故により従前の高校への通学ができなくなったため通信制高校に原告理が編入したことなどの事情から、通院して付添介護をしたこと、国立リハビリセンター病院退院後箱根病院入院までの期間及び重度の後遺症の残った同病院退院後平成九年九月三〇日までの自宅療養期間中(合計三六五日間)、昼夜を分かたず、家族の介護を受けたことが認められる。乙第二一ないし二三号証の各一ないし四によれば、多摩永山病院以外の各病院は、被告代理人の照会に対し、制度上の理由を挙げ(完全看護であることをいうものと考えられる。)、家族の付添看護を不要と回答しているが、原告理の多摩永山病院退院後、直ちに家族の介護が不要となったとは考えにくいばかりでなく、制度上の態勢はともかく、前記事情に照らせば、右回答をもって、付添介護が不要であったということはできない。
そして、付添介護費は、入院中と自宅療養中では介護の内容、程度も異なるが、これを平均して、右期間中一日当たり六〇〇〇円とするのを相当とする。そうすると、合計六三一万八〇〇〇円のうち既払額を控除した差額は、二八三万八〇〇〇円となる。
(四) 雑費 一二万八四〇〇円
入院期間中の雑費は、一日当たり一三〇〇円、平成九年九月三〇日までの自宅療養中の雑費は、後記のとおり一日当たり一〇〇〇円の範囲で損害と認めるのが相当である。そうすると、その合計額は一二五万九四〇〇円であり、既払額一一三万一〇〇〇円を控除すると、一二万八四〇〇円となる。
(五) 将来の付添介護費
平成九年一〇月一日以降平成二九年三月まで月額一八万円、同年四月以降原告理の生存中月額三六万円(定期金給付)
甲六九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告理は、前記後遺障害により、ベッドから車椅子への移動、排泄(膀胱に管を挿入して行うので、その洗浄、消毒等も必要である。)、褥創予防のための体位交換をはじめ、日常生活のすべてに亘って生涯常時介護を要し、車椅子から体がずり落ちても、自分で姿勢を正すこともできないため付添が必要であり、近親者による介護として、現に主として原告幸子が、多摩市からの週一回のヘルパーの派遣と巡回入浴サービス等も利用しながら、介護していることが認められる。しかし、原告理の介護を、終生近親者に委ねることはできず、原告理の介護は、原告幸子が六七歳に達する月までは近親者が行い、(原告二郎は原告幸子より高齢であり、他の親族にその後の介護を期待するのは困難である。)、その後は職業的付添人による介護を要するものというべきである。近時、公共団体の福祉サービス等の種々の制度が充実しつつあり、将来的には介護保険制度の利用(なお、利用限度内でも一割の自己負担がある。)も考えられることは、被告がその主張を理由あらしめるため提出した乙号各証その他の本件の証拠によっても認められ、損害賠償制度とこれらの制度が異なる理念に立脚していることをさておくとしても、実際上そのために原告の経済的負担が軽減されうることは、被告主張のとおりである。しかし、各種制度の利用可能性や制度の存続には不確定な要素もあるのであって、これらの諸事情や甲六三、六四号証により認められる介護費用を総合考慮して、一日につき、近親者による介護についてはおよそ六〇〇〇円、職業的付添人による費用はおよそ一万二〇〇〇円とするのが相当である。原告は、定期金による賠償を求めるところ、事案に鑑み相当と認められ(なお、本件口頭弁論終結時以降の分は将来請求であるが、被告はその金額等を争っているので、予めその請求をする必要がある。)、平成二九年三月までは一か月一八万円、同年四月以降原告理の生存中は、一か月三六万円を毎月末日限り支払うべきものとする。
(六) 将来の自宅療養雑費 平成九年一〇月一日以降月額三万円
原告の後遺障害のため介護用の日常的消耗品等の費用(排泄用補助具や衛生関係の費用、車椅子のマットの交換費用等)を要するところ、これを一か月当たり三万円の限度で、定期金給付として認めることとする。
(七) 家屋改造費及び障害者機材取付費用合計額 四八九万三六四二円
(1) 甲一一号証ないし二八号証、六九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告理は、車椅子による生活を余儀なくされ、体温調節ができないことから、その生活を可能にするため、その主張の工事を行い、エアコンを設置したこと、右改造は、重度の後遺障害を負った原告理が生活するために必要な構造、設備を整えるために必要な改造と認められる。エアコンの設置については、一〇年ごとに買換えるものとして、ライプニッツ係数(平均余命の範囲内の五五年間の一〇年おきのライプニッツ係数の和)を用いて計算すると、原告主張の一六万六九一四円となる。これと家屋改造費八一六万七四二一円との合計八三三万四三三五円から、公費補助額三六五万八三〇〇円を控除すると、四六七万六〇三五円となる。
(2) 原告理は、障害者機材の購入(電動ベッドを含む。)、取付に二一万七六〇七円を支出したところ(甲二九、三〇号証)、いずれも原告理の介護に必要なものと認められる。
(3) 以上の合計は、四八九万三六四二円となる。
(八) 車両購入費及び改造費 六二六万二三〇九円
原告理は、四肢体幹機能に著しい障害を負うものであり、治療及びリハビリのための通院を要するところ、平成七年に車両を購入し必要な改造を施した費用合計三七六万六五〇三円(甲三ないし一〇号証)は、本件事故による障害のため、その時点で支出を余儀なくされたものであって、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。その後の買換え費用については、車両の購入自体は通常の生活の範囲内のことであるから、耐用年数を八年として、八年ごとの改造費用をもって、相当因果関係ある損害と認める。したがって、将来の改造費用は、以下の算式により、二四九万五八〇六円となる。
一二七万〇二五〇円×一・九六四八一五四七(平均余命の範囲内の五五年間の八年おきのライプニッツ係数の和)
(九) 障害者器具等購入費 三三五万一九〇九円
いずれも介護及び機能訓練のためのもので、甲六九号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係ある損害と認められる。
(1) 車椅子(電動)購入費 一四九万五〇二二円
電動車椅子一台の購入費は、平成七年に四四万三三三九円であったところ(甲一二七号証)、五年ごとに買換えるものとして、ライプニッツ係数(平均余命の範囲内の五五年間の五年おきのライプニッツ係数の和)を用いて計算すると、原告主張の金額となる。
なお、被告は、買換えの基となる金額を、公的補助分を控除した金額とすべきであると主張するが、公的補助の制度があるからといって、加害者がその賠償を免れるのが相当とはいいがたいばかりでなく、現実に公的補助を受けられるか否かは、確定しているものではないのであって、被告の主張は理由がない。
(2) 将来の電動ベッド、エアーマット購入費 一五九万七五二七円
電動ベッド購入費は、甲二九号証により認められ、エアーマット購入費は、当事者間に争いがないところ、五年ごとに買換えを要するものとして、その合計額にライプニッツ係数(平均余命の範囲内の五五年間の五年おきのライプニッツ係数の和)を用いて算定すると、原告主張の金額となる。
(3) パンコン購入費 二五万九三六〇円
甲三一、三二号証によれば、その支出が認められる。
(一〇) 慰謝料 三〇〇〇万円
原告理の受傷内容、入院期間等によれば、入通院慰謝料としては四〇〇万円が、後遺障害の内容、程度その他本件に顕れた一切の事情を総合すれば、後遺症慰謝料としては、二六〇〇万円が相当である。
(一一) 物損 五万三〇〇〇円
当事者間に争いがない。
(一二) 歯科治療費 九八万九八一〇円
甲四〇ないし六二号証、一二二号証及び一二八号証によれば、原告理は、本件事故による傷害に起因する上顎前歯の前突、下顎前歯の内側傾斜等を生じ、その治療を受け、その主張の支出をしたことが認められる。治療開始は、本件事故から長期間経過した後ではあるが、原告理の受傷の状況からすれば、やむを得ないことと考えられ、そのことをもって、因果関係を否定することはできない。
(一三) その他の費用 四万〇八六〇円
将来の介護費用としては、前示のとおり、入浴介助等を受けている現状を前提に認定しているのであるから、原告の請求する公的サービスを受けるための診断書作成費用、入浴介助費及び交通費は、それとは別途、認められるべきである。その費用は、甲七〇ないし七七号証、八一ないし一一九号証により認められる。その他の介助機材購入費は、いずれも先に認定した将来の自宅療養中の雑費に含まれるものである。
(一四) 以上合計(定期金賠償分を除く。) 一億三五一五万六八〇七円
(一五) 以上の損害額に、原告が損害の主張額からあらかじめ控除した前認定の自賠責保険金以外の既払金一〇八七万五九八六円を加算した全損害額は、一億四六〇三万二七九三円となるところ、前認定の過失割合に従って過失相殺をすると、その損害額は、一億二四一二万七八七四円となる。また、右過失割合に鑑み、毎月末日に支払うべき定期金賠償の金額は、将来の介護費用については、平成二九年三月までは一か月一五万三〇〇〇円、同年四月以降は終生三〇万六〇〇〇円、将来の雑費については、一か月二万五五〇〇円とするのが相当である。
(一六) 右損害額から損害の填補された三〇〇〇万円〔更正決定 損害の填補された四〇八七万五九八六円〕を控除すると、定期金として賠償される損害を除く損害は、九四一二万七八七四円〔更正決定 八三二五万一八八八円〕となる。
(一七) 原告理が本訴の提起、追行を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事案の内容、定期金も含めた認容額等本件の諸事情に鑑み、本件事故と相当因果関係のある原告理の損害としての弁護士費用は、一〇〇〇万円が相当である。
(一八) したがって、被告が賠償すべき原告理の損害は、定期金賠償分のほか、一億〇四一二万七八七四円〔更正決定 九三二五万一八八八円〕となる。
2 原告二郎及び原告幸子の損害
(一) 慰謝料 各二〇〇万円
健康に高校生活を送っていた原告理が終生介護を要するような重篤な後遺障害を負ったことにより、同原告らが受けたはかりしれない精神的苦痛と介護についての心労を考慮すると、その慰謝料は、各二〇〇万円をもって相当とする。
(二) 過失相殺
同原告らについても、被害者側の過失として、前記過失割合による過失相殺をすると、その損害賠償額は、各一七〇万円となる。
三 よって、原告らの本訴請求を、主文第一ないし三項掲記の限度で認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 松津節子)